家族や知人から、何気なく言われたことがある方がいるかもしれません。 「そんなにずっと家に置いておくのは、縁起が悪くないの?」 「早くお墓に入れてあげたほうがいいんじゃない?」
そのとき、どう答えていいかわからなかった。あるいは、言われてから自分でも気になってしまった。
ペットの遺骨を自宅に置くことに、法律上の問題はなく、宗教的な「してはいけない」もありません。それでも、誰かに言われるとざわっとする。この記事では、「縁起」や「世間の目」への不安に、正直に向き合います。
「縁起が悪い」という声の出どころ
日本では、仏教の慣習として「四十九日が過ぎたらお墓に納骨する」という流れが広まっています。この考えがもとになって、「遺骨を長く家に置くのはよくない」というイメージが生まれたとも言われています。
ただし、これはあくまで人の供養にまつわる慣習の話です。しかも仏教の教義でも、「四十九日以内に必ず納骨しなければならない」とは定められていません。寺院や宗派によって考え方はさまざまですし、手元供養が広まった現代では、慣習そのものも変わってきています。
ペットの供養については、もともと宗教的に厳密な決まりがあるわけではありません。「いつまでに納骨しなければならない」という期限もなく、自宅で供養を続けることを「縁起が悪い」とする根拠も、特にないのです。
言葉をかけてきた相手も、悪意があるのではなく、自分が知っている「常識」を話しているだけ——そういうことが多いと思います。ただ、言われた側の気持ちが揺れるのは、それはそれで自然なことです。
家に遺骨を置いている人は、「少数派」ではありません
「こんなにずっと家に置いているのは自分だけかな」と感じたことがある方も、少なくないと思います。でも、実際にはそうではありません。
誰もが積極的に公言するわけではないので、目立ちにくいだけ。静かに手元供養を続けている人は、思っている以上に多いのです。
「少数派なのかな」と感じるのは、まわりが話題にしにくいテーマだから、というだけのことかもしれません。その子をそばに置いておきたい——その気持ちは、ごく自然なことです。
誰かに言われたとき、どう受け止めるか
「縁起が悪い」「早く納骨したほうがいい」と言われると、供養の仕方を否定されたように感じてしまうことがあります。「私の供養の仕方、おかしいのかな」と揺れてしまう。
そういうときは、まずこう考えてみてください。 供養の形に、正解はありません。
仏壇が必要なわけでも、霊園に預けなければならないわけでもない。その子をいちばん近くで感じられる場所に置いて、毎日話しかけることが、あなたにとっての供養であれば、それはちゃんと意味のある選択です。
言葉をかけてきた相手も、「おかしいことをしている」と責めているわけではなく、自分が知っている形を伝えようとしているだけのことがほとんどです。「そういう考え方もあるんだね」と受け取るくらいの距離感でいられると、少し楽になることもあります。
とはいえ、毎回そう割り切れるわけではありませんよね。毎日顔を合わせる家族に言われ続けると、だんだん自信をなくしてしまうこともある。
それでも——その子の供養の仕方は、あなたが決めてよいことです。あなたとその子の関係を、ほかの誰かが決める必要はないから。
「置き方」を整えると、気持ちが落ち着くこともあります
縁起や世間の目が気になりはじめると、「どんなふうに置いているか」を見直したくなることがあります。そういうときは、置き方を整えることで気持ちが安定する場合があります。
よく言われるのは、遺骨の置き場所を「その子にとっても、家族にとっても、心地よい場所」にすること。直射日光の当たらない、湿度の高くない場所を選ぶことは、保管のうえでも大切です。置き方に迷った際は、遺骨の保管・湿気対策をまとめた記事も参考にしてみてください。
また、火葬のときに渡された骨壷をそのまま使い続けている方の中には、「もう少し暮らしになじむ骨壷に変えたい」と感じる方もいます。火葬業者の骨壷はシンプルなものが多く、部屋の中でどこか場違いに感じてしまうこともあります。自分で選んだ骨壷に移し替えると、その子が自然にそこにいるような感じがして、気持ちが落ち着いたという声もあります。
自分たちにとって「ちゃんとした場所に置いてあげている」という感覚を持てること。それが、他の人の言葉に揺さぶられにくくなる、ひとつの確かさになるのかもしれません。
手元供養は、決して特別なことでも、古い慣習に反することでもありません。その子のそばにいてあげたいという気持ちに、縁起という言葉は似合いません。
手元供養を続けながら毎日できることについては、「ペットの骨壷のそばで——毎日の自宅供養でできる小さなこと」もあわせて読んでみてください。


