虹の橋だけじゃない、世界のペット追悼にまつわる言い伝え〜動物を愛する心は世界共通

stories

いつもの散歩道で足を止めたとき。日だまりに、あの子の寝顔を思い出したとき。お別れをしたあとも、暮らしのあちこちに、一緒に過ごした時間が残っています。

そんなとき、ふと心に浮かぶ「虹の橋」という言葉。あの子が穏やかに過ごしている風景を思い描くことで、少し気持ちがやわらぐ方もいるでしょう。

世界に目を向けると、大切な動物を想う気持ちは、物語だけでなく、季節の行事や墓碑に刻む言葉にも表れています。この記事では、日本で親しまれてきた表現と、海外の追悼文化をたどります。それぞれの背景を知りながら、ご自身の心に近いものを見つけていただけたらと思います。

目次

「虹の橋」は、一匹の犬を想う言葉から

虹の橋の物語には、亡くなった動物たちが苦しみから解放され、いつか大切な人と再会する情景が描かれています。その由来をたどると、ひとりの女性と愛犬とのお別れに行き着きます。

ナショナル ジオグラフィックは2023年、スコットランド出身のエドナ・クライン=レキー(Edna Clyne-Rekhy)さんが、1959年に愛犬メジャーを亡くしたあと、この物語のもととなる文章を書いたと報じました。長く作者がわからないまま広まっていた言葉の背景に、具体的な家族の記憶があったのです。[1]

「また会えたら」という願いを、ひとつの風景に託す。その言葉が人から人へ渡ってきたことにも、静かなぬくもりを感じます。虹の橋を思い浮かべる方も、別の言葉を大切にする方も、あの子を想う気持ちに違いはありません。

物語の意味や日本での使われ方は、「ペットのお見送り『虹の橋』とは?」でもご紹介しています。

日本の「草葉の陰」——見えなくなった存在を想う言葉

日本には、「草葉の陰から見守る」という表現があります。「草葉の陰」は、草の葉の下という意味から、墓の下やあの世を表すようになった言葉です。ペットのために生まれた言い伝えではなく、亡くなった存在について語る日本語の表現として受け継がれてきました。[2]

「見守ってくれているかな」と口にすると、姿が見えなくなった相手にも、今の自分の暮らしをそっと伝えられるように感じます。再会する日を描く虹の橋とは、少し違った距離感の言葉かもしれません。

もちろん、この表現が少し遠く感じられるなら、いつもの呼び名で「おはよう」と話しかけても。「今日、好きだった道を通ったよ」と報告しても。かしこまった言葉を選ばなくても、その子との時間は、自分らしい言葉で振り返ることができます。

メキシコの「死者の日」——思い出とともに迎える時間

メキシコには、亡くなった大切な人を迎える「死者の日」という行事があります。ユネスコは、先住民の共同体に受け継がれるこの行事を、亡くなった家族や大切な人が一時的に帰ってくることを祝う文化として紹介しています。花やろうそくを飾り、故人が好きだった食べ物を供えることも、その一部です。[3]

その追悼の時間には、ペットを想う習慣も見られます。メキシコの公的機関ISSSTEが2025年に公開した案内では、10月27日に亡くなったペットを偲び、食べ物やおもちゃ、花を供える習慣を紹介しています。同じ資料には別の日にペットのお供えをする記述もあり、日取りは一律ではありません。ここでは、現在見られる追悼の習慣の一例としてご紹介します。[4]

この行事を知ると、亡くなった相手の「好きだったもの」を覚えていることも、追悼のひとつなのだと気づかされます。よく食べたもの、夢中になった遊び、いつも選んでいた居場所。お別れの日だけでなく、一緒に暮らした日々にも目を向けるきっかけになります。

信仰や歴史と結びついた行事なので、その背景にも敬意を払いながら知りたいものです。そのうえで、あの子が好きだったものをひとつ思い出す時間なら、私たちの暮らしにも自然になじむのではないでしょうか。

英国の小さな墓地——名前と、その子らしさを残す

ロンドンのハイド・パークの一角には、ヴィクトリア朝の人々が動物たちを弔った、小さなペット墓地が残っています。管理団体のThe Royal Parksは、ここに最初に埋葬された犬として、チェリーという名の犬を紹介しています。家族は、生前その子が親しんだ場所で眠らせたいと願ったそうです。[5]

同じ家族と暮らした犬のゾーイには、もうひとつ印象的な話があります。ゾーイが亡くなったあと、飼い主は家族を慰めるため、犬自身が語っているような自伝を書きました。そこには、その子の生涯の出来事や冒険がつづられていたといいます。[5]

名前を石に刻むこと。思い出を文章に残すこと。形は違っても、「この子が、ここにいた」という記憶を大切にしている点は、今の私たちにも身近に感じられます。

立派な伝記にしなくても、お気に入りの写真に短い一文を添えるだけで、その子らしさは残せます。「雨の日は玄関で立ち止まったね」「この毛布だけは譲らなかったね」。家族にしかわからない小さな癖こそ、かけがえのない記録になるのでしょう。

言い伝えは、心に合う距離で受け取って

物語に再会を願うこと。季節の行事で迎えること。名前や思い出を残すこと。ここまで見てきた例には、それぞれ異なる歴史や背景があります。ひとつの考え方にまとめず、その違いも大切にしながら受け取りたいものです。

「きっとそばにいる」と思う日があっても、「一緒に過ごした時間を覚えていたい」と感じる日があっても。そのときの気持ちに合う言葉は、変わってもよいのだと思います。どの物語にも気持ちが向かない日には、無理に意味を探さなくてもかまいません。

また、誰かを慰めるときは、自分が支えられた言葉が、その方にも同じように届くとは限りません。「あの子は、こんなところがかわいかったね」と、覚えている思い出を分かち合うほうが、自然に寄り添えることもあります。

暮らしの中に、あの子を想う小さな場所を

世界の追悼文化をたどったあと、ご自身とあの子の暮らしを振り返ってみると、残しておきたいものがひとつ見つかるかもしれません。

写真を一枚選ぶ。よく呼んでいた愛称を書き留める。誕生日に、家族と思い出話をする。何かを飾ることが心地よければ、写真やお骨壷のそばに、小さな花を添えるのもひとつです。

今は写真を見るのがつらければ、そっとしまっておいても大丈夫です。毎日何かをすることや、決まった形を整えることが、想いの深さを決めるわけではありません。

どっこが大切にしているのは、「かわいがることは、終わらない」という気持ち。あの子の名前を呼びたくなったとき、思い出を誰かに話したくなったとき。その想いを、ご自身の暮らしに合う形で大切にしていただけたらと思います。

参考資料

[1]National Geographic:虹の橋の作者と成立についての取材記事
[2]コトバンク/デジタル大辞泉・精選版 日本国語大辞典:「草葉の陰」
[3]UNESCO:メキシコの先住民による死者に捧げる祭礼
[4]メキシコ政府・ISSSTE:死者の日のお供えについて
[5]The Royal Parks:Hyde Park Pet Cemetery

悲しみの波は、日によって形を変えながら続くかもしれません。気持ちの整理に役立つ記事を「ペットロスと気持ちの整理」にまとめています。つらくなったときに、開いてみてください。

ペット供養|おしゃれでかわいい、しっぽの骨壺

  • URLをコピーしました!
目次