ペットの命日・一周忌の迎え方——その日にできること、しなくていいこと

命日が近づいてくると、何となく気持ちが重くなる。「何かしてあげなければ」と思いながら、何が正解かわからないまま、その日がやってくることがあります。あるいは逆に、「特に何もできなかった」という後ろめたさを感じる方も。命日の迎え方に、決まった形式はありません。 でも、「何かしたい」という気持ちがあるなら、それに応えられる小さな選択肢はいくつもあります。

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「正式な作法」はない、自由に迎えていい

ペットの命日に、決まった形式はありません。人の場合のように、お寺で法要を営む必要もなく、「こうしなければいけない」という決まりもないようです。

どんな形で迎えるかは、あなたとその子との関係の中で、自由に決めていいことです。 何もせずにただ思い出す日でも、手を合わせるだけでも、それはその子への気持ちのひとつ。形がなくても、供養になります。

その日にできる、小さなこと

「何かしたい」と思ったとき、特別なことを用意しなくても大丈夫です。

のそばに花を一輪添える、好きだったおやつを供える、一緒に撮った写真を出してきてそばに置く。ふとその子のことを思い出して、声をかける。そうした小さなことが、その日を「ただ過ぎていく日」から「その子を想う日」に変えてくれることがあります。

一緒によく行った散歩コースを歩いてみる、よく寝ていた場所にやさしく手を置いてみる——そんな形をとる方もいます。「これが正解」はないので、そのときの自分の気持ちに自然に従っていいと思います。

一周忌という節目

亡くなってから一年が経つ命日は、一周忌として特別に意識する方が多いようです。

一年間、悲しみや寂しさとともに過ごしてきたことへの区切りとして、少し丁寧に過ごしたいと思う方もいます。祭壇を整え直したり、写真を新しいものに入れ替えたり、後に受け取ったままの骨壷からお気に入りのものに移し替えたりするタイミングにする方もいます。

一方で、「一周忌だからといって特別なことはしない」という方も多いようです。それも、その子との関係がそのまま続いていることのひとつの形です。

つらくなっても、おかしくない

命日が近づくにつれて気持ちが沈む、何をしていても涙が出る——そういった感覚は、ペットロスの中でもよく見られることです。

「もう一年経つのに、まだこんなにつらいのは変なのかな」と思う方もいますが、悲しみに期限はありません。命日が来るたびに胸が痛くなることも、意外と穏やかに過ごせることも、どちらも自然な体験です。かわいがる気持ちに終わりはありません・・・。その子のことを思い出してつらくなるのは、それだけ大切に思い続けているということでもあります。

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